ワンダフルストーリーvol.7 「ミニメイドさんが来る ボク嬉しい!」

ミニメイドさんが来る ボク嬉しい!

清水様宅へは私ともう一人のスタッフの倉持さんと2人で2時間半のプレミア・ダブルとして月2回伺っていました。奥様はお医者様として開業されていて、日中は清水様お一人でした。作業中はさりげなく気遣って下さったのだと思いますが、外の喫茶店でお茶を飲んで過ごされていたので、今まで会話らしい会話をしたことはありませんでした。
2年ほどたった頃、ご病気が悪化され、それ以降はほとんど外出されずにお宅にいらっしゃるようになったのです。
玄関チャイムを鳴らすと、ドアはすでに開いています。“笑わせて差しあげたい”、そう思って、「待ってましたかぁ~?」とおどけて室内に入っていくと、今までなら“待ってなんかいやしないよ”とすげなく言うタイプの清水様が、「待ってたよ、今日は5分遅いじゃないか」と、私達が行くのを楽しみにして下さるようになったのです。

信頼されていることの喜びを感じた瞬間でもありました。

その後も入退院を繰り返され、糖尿病で足の親指を、続いて足首を切断されました。
「ボクはだんだん小刻みにされていくよ」と悲しさを紛らすように、おどけながら包帯をほどくのですが、「自分で見るのはイヤだから巻いてくれ」と私たちに包帯を渡すのです。「もぅ、困りましたねー」と巻いて差し上げました。
私達はお掃除でお伺いしていますが、お身体が不自由でお好きなことができない清水様は、何をして欲しいのだろうと考え、とにかく、一番喜ぶ事をして差し上げたいと思いました。清水さまは時々、「銀行に行ってお金を下ろしてきてくれ」と言われます。銀行カードを渡されたので、「これ持って逃げちゃおうかなぁ」と冗談を言いますが、清水様は笑っていてぜんぜん動じません。信頼されていることの喜びを感じた瞬間でもありました。
お金を下ろしたその足で日本橋のデパートまでおつかいに行きます。2人でするお掃除を、その間は1人でしなくてはならないので、「行き届かないところがでてくるかもしれませんがよろしいですか?」とお聞きすると、「ホコリじゃ死なない」とおっしゃるのです。その間、倉持さんがお話しのお相手をしながら、
作業を続けてくれました。お掃除の作業の項目にベッドメイキングや洗濯は入っていませんでしたが、お身体が不自由ですし、汚されることもあるので、倉持さんと2人で布団カバーやシーツを全部はがして、パジャマの着替えをお手伝いし、洗濯とベッドメイキングもしていました。

顔を見合わせて笑いました。すごく楽しい時間でした。

今まで作業に入ったメンバーで、清水様に怒られた経験を持つスタッフもたくさんいます。頑固で気むずかしい方という印象でした。確かに厳しい事をおっしゃるかもしれませんが、おっしゃっていること自体に間違いはないのです。
交通事情で伺うのが10分遅れたときにも、「なぜ電話一本入れないのか」と言われました。確かにそうですが。でも電話にはお出にならない方なのです。それから、「できない事はできないとハッキリ言ってくれないと困る」とも言われました。ドアの調子が悪いといったとき、「すぐに言ってくれればボクは業者を呼ぶ。それなのに、『ずっと調子が悪いですね』と言うなら、なぜ、もっと早く言ってくれないのか」と。
終了時間も「延びたけれど、まあいいわ」ではなく、時間になったら終了で、「ここからは別料金、だから出た分は言ってください」とおっしゃっていました。外国に暮らされた経験から、何でもはっきりされていたのかもしれません。
それでも、「今日はにゅう麺をつくっていってくれ」とわがままをおっしゃることもあり、「伸びちゃいますよ」と言うと、「じゃぁ、アスパラを茹でていってくれ」と言うので、「別料金になりますよ」と返すと、「いや料金内でやってくれ」と笑わせてくれました。
毎年、お正月はスイスにスキ―に行かれていたのに、「スイスどころか、ボクにはもう行けるところがどこもない、お金だって使うあてがないんだ」と嘆かれます。なんなら財産をあげようと冗談をおっしゃるので、「ああ、うれし~」と言うと、「1,000万円くらいでいいかなぁ」「ほんとですかぁ、何かに書いておいてくださいよ」と、掛け合いの楽しい会話で、清水様に笑顔が戻るのです。
ある時は、「僕がもう少し若かったらなぁ…」とおっしゃるので、「私にも考える時間をください」と応え、それで、顔を見合わせて笑いました。すごく楽しい時間でした。

本心からの言葉に胸が熱くなったことを覚えています。

一時、ヘルパーさんが入って食事を作ってくださっていたので、お食事中に覗くと、食事には手を付けずにお酒を飲まれていました。「食べたかったらどうぞ」と言われるので、「お酒だったら戴くのですけれど~」とお返ししました。清水様はお酒が大好きで、タバコもずいぶん吸われていました。「私は止めろなんて言いませんよ!」と良く申し上げていました。
遺言書みたいなものは書けないから、大きい単語カードを買ってきてくれとおっしゃるので、文具店で買ってきました。ダイニングの丸テーブルに置いておき、単語カードの1枚ごとに1~2行、何か思った事を書かれていたようです。その単語カードの中にはこんな一文がありました。
ミニメイドさんが来る、ボク嬉しい!
喜んでいただいていることが改めて感じられ、飾り気はないけれど清水様らしい本心からの言葉に胸が熱くなったことを覚えています。

「それを着てどこに行かれるのですか?」
「劇場に行くんだよ、君たちと」

清水さまにお会いする最後となった日のことです。リビングを掃除していると、
「こないだの背広を着せてくれ」
と言われたのです。清水様はとてもおしゃれな方で、その背広は銀座の和光から、スラックスやワイシャツと共に届いたものでした。介護の方と共に、新調された背広でクラス会にも出席されたそうです。
「それを着てどこに行かれるのですか?」
とお聞きすると、
「劇場に行くんだよ、君たちと」。 
この時、意識はすでに別世界に入られているようでした。
「それなら、奥様が帰られるまで待ちましょう」
と言うと、
「いや、今着せてくれ」
とおっしゃるので、二人で喜んで背広をお着せしました。私たちは、ベッドに横になっていただこうとは思いませんでした。ステキな背広を着て、夢の世界に行きたいのだなと思ったからです。
「タクシーを呼んでくれ。君達を劇場に招待しよう」
作業の時間はとうに過ぎていましたが、奥様が戻られるのを待ちました。玄関を開ける音がして奥さまが入ってこられました。
「あなた、何をしていらっしゃるの!!」
奥様はびっくりされたようでしたが、すぐに事態をのみ込まれ、「こんなに遅くまでごめんなさいね」と私達に詫びながら帰るようおっしゃったのです。
その日、清水様は入院され、その後1週間もたたずに亡くなられました。
あの時、私達二人のことを最期に招待してくださろうとしていたと思うと、胸が詰まりました。ステキな背広を着てお芝居を見に劇場に行く…、 きっとお気持ちはウキウキと楽しい気分だったに違いありません。
その後、清水様宅へは引き続き作業に伺いましたが、休む人がいなくなった寝室のベッドは、最後にベッドメイキングしたそのままでした。

思い出は、ご縁をいただいたお客様との時間が、いつも“楽しいひととき”となるように語りかけてくれます。

清水様がお亡くなりになる前、この頃は奥さまと毎日ケンカをしているとおっしゃっていました。
「毎日ケンカしていたらお互いにつまらないじゃないですか」というと、「ボクがいつ死んでも寂しくないようにさ。ケンカして困らせて嫌われ者になる、そうしたらワイフも『ああ、せいせいした!』と思って、寂しくないでしょ」と、愛情を逆さまにしてお応えになったのです。
そんな奥さまも清水様の後を追うように数カ月後に亡くなられました。
清水様のお宅へはもう二度と行くことがなくなりましたが、楽しい会話の数々は今も私を励ましてくれます。
そして思い出は、ご縁をいただいたお客様との時間が、いつも“楽しいひととき”となるように語りかけてくれます。
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